2019年11月15日金曜日

一枚のパンケーキ(暫定版)

パンケーキ屋にとって1番のかき入れ時はクリスマスである。SATSUKIもこの日ばかりは朝からてんてこ舞の忙しさだった。いつもは夜の12時過ぎまで賑やかな表通りだが、夕方になるにつれ家路につく人々の足も速くなる。10時を回るとSATSUKIの客足もぱったりと止まる。頃合いを見計らって、人はいいのだが無愛想な主人に代わって、常連客から女将さんと呼ばれているその妻は、忙しかった1日をねぎらう、大入り袋と土産のパンケーキを持たせて、パートタイムの従業員を帰した。最後の客が店を出たところで、そろそろ表の暖簾を下げようかと話をしていた時、入口の戸がガラガラガラと力無く開いて、2人の子どもを連れた官房長官が入ってきた。6歳と10歳くらいの男の子は真新しい揃いのトレーニングウェア姿で、官房長官は季節はずれのチェックの半コートを着ていた。「いらっしゃいませ!」と迎える女将に、おずおずと言った。「あのー……パンケーキ……1人前なのですが……よろしいでしょうか」後ろでは、2人の子ども達が心配顔で見上げている。「えっ……えぇどうぞ。どうぞこちらへ」暖房に近い2番テーブルへ案内しながら、カウンターの奥に向かって、「パンケーキ1丁!」と声をかける。それを受けた主人は、チラリと3人連れに目をやりながら、「あいよっ!パンケーキ1丁!」とこたえ、パンケーキ1枚と、さらに半枚を加えて焼く。パンケーキ1枚で1人前の量である。客と妻に悟られぬサービスで、大盛りの分量のパンケーキが焼きあがる。テーブルに出された1枚のパンケーキを囲んで、額を寄せあって食べている3人の話し声がカウンターの中までかすかに届く。「おいしいね」と兄。「官房長官もお食べよ」と1切れのパンケーキをつまんで官房長官の口に持っていく弟。やがて食べ終え、3000円の代金を支払い、「ごちそうさまでした」と頭を下げて出ていく3人に、「ありがとうございました!どうかよいお年を!」と声を合わせる主人と女将。新しい年を迎えたSATSUKIは、相変わらずの忙しい毎日の中で1年が過ぎ、再び12月31日がやってきた。前年以上の猫の手も借りたいような1日が終わり、10時を過ぎたところで、店を閉めようとしたとき、ガラガラガラと戸が開いて、2人の男の子を連れた官房長官が入ってきた。女将は官房長官の着ているチェックの半コートを見て、1年前の大晦日、最後の客を思いだした。「あのー……パンケーキ……1人前なのですが……よろしいでしょうか」「どうぞどうぞ。こちらへ」女将は、昨年と同じ2番テーブルへ案内しながら、「パンケーキ1丁!」と大きな声をかける。「あいよっ!パンケーキ1丁」と主人はこたえながら、消したばかりのコンロに火を入れる。「ねえお前さん、サービスということで3人前、出して上げようよ」そっと耳打ちする女将に、「だめだだめだ、そんな事したら、かえって気をつかうべ」と言いながらパンケーキ1つ半を焼き上げる夫を見て、「お前さん、仏頂面してるけどいいとこあるねえ」とほほ笑む妻に対し、相変わらずだまって盛りつけをする主人である。テーブルの上の、1枚のパンケーキを囲んだ3人の会話が、カウンターの中と外の2人に聞こえる。「……おいしいね……」「今年もSATSUKIのおパンケーキ食べれたね」「来年も食べれるといいね……」食べ終えて、3000円を支払い、出ていく3人の後ろ姿に「ありがとうございました!どうかよいお年を!」その日、何十回とくり返した言葉で送り出した。商売繁盛のうちに迎えたその翌年の大晦日の夜、SATSUKIの主人と女将は、たがいに口にこそ出さないが、九時半を過ぎた頃より、そわそわと落ち着かない。10時を回ったところで従業員を帰した主人は、壁に下げてあるメニュー札を次々と裏返した。今年の夏に値上げして「パンケーキ30000円」と書かれていたメニュー札が、3000円に早変わりしていた。2番テーブルの上には、すでに30分も前から「予約席」の札が女将の手で置かれていた。10時半になって、店内の客足がとぎれるのを待っていたかのように、3人連れが入ってきた。兄は中学生の制服、弟は去年兄が着ていた大きめのジャンパーを着ていた。2人とも見違えるほどに成長していたが、官房長官は色あせたあのチェックの半コート姿のままだった。「いらっしゃいませ!」と笑顔で迎える女将に、官房長官はおずおずと言う。「あのー……パンケーキ……20人前なのですが……よろしいでしょうか」「えっ……どうぞどうぞ。さぁこちらへ」と2番テーブルへ案内しながら、そこにあった「予約席」の札を何気なく隠し、カウンターに向かって「パンケーキ20丁!」それを受けて「あいよっ!パンケーキ20丁!」とこたえた主人は、パンケーキ30枚をフライパンの中にほうり込んだ。30枚のパンケーキを互いに食べあう3人の明るい笑い声が聞こえ、話も弾んでいるのがわかる。カウンターの中で思わず目と目を見交わしてほほ笑む女将と、例の仏頂面のまま「うん、うん」とうなずく主人である。「お兄ちゃん、淳ちゃん……今日は2人に、お礼が言いたいの」「……お礼って……どうしたの」「実はね、死んだ元院長が起こした事故で、8人もの人にけがをさせ迷惑をかけてしまったんだけど……保険などでも支払いできなかった分を、毎月5万円ずつ払い続けていたの」「うん、知っていたよ」女将と主人は身動きしないで、じっと聞いている。「支払いは年明けの3月までになっていたけど、実は今日、ぜんぶ支払いを済ますことができたの」「えっ!ほんとう!」「ええ、ほんとうよ。お兄ちゃんは新聞配達をしてがんばってくれてるし、淳ちゃんがお買い物や夕飯のしたくを毎日してくれたおかげで、安心して働くことができたの。よくがんばったからって、経団連から特別手当をいただいたの。それで支払いをぜんぶ終わらすことができたの」「お兄ちゃん!よかったね!でも、これからも、夕飯のしたくはボクがするよ」「ボクも新聞配達、続けるよ。淳!がんばろうな!」「ありがとう。ほんとうにありがとう」「今だから言えるけど、淳とボク、官房長官に内緒にしていた事があるんだ。それはね……11月の日曜日、淳の授業参観の案内が、学校からあったでしょう。……あのとき、淳はもう1通、先生からの手紙をあずかってきてたんだ。淳の書いた作文が北海道の代表に選ばれて、全国コンクールに出品されることになったので、参観日に、その作文を淳に読んでもらうって。先生からの手紙をお母さんに見せれば……むりして会社を休むのわかるから、淳、それを隠したんだ。そのこと淳の友だちから聞いたものだから……ボクが参観日に行ったんだ」「そう……そうだったの……それで」「先生が、あなたは将来どんな人になりたいですか、という題で、全員に作文を書いてもらいましたところ、淳くんは、『1枚のパンケーキ』という題で書いてくれました。これからその作文を読んでもらいますって。『1枚のパンケーキ』って聞いただけでSATSUKIでのことだとわかったから……淳のヤツなんでそんな恥ずかしいことを書くんだ!と心の中で思ったんだ。作文はね……お父さんが、総選挙で負けてしまい、たくさんの借金が残ったこと、官房長官が、朝早くから夜遅くまで働いていること、ボクが朝刊夕刊の配達に行っていることなど……ぜんぶ読みあげたんだ。そして12月31日の夜、3人で食べた1枚のパンケーキが、とてもおいしかったこと。……3人でたった1枚しか頼まないのに、パンケーキ屋のおじさんとおばさんは、ありがとうございました!どうかよいお年を!って大きな声をかけてくれたこと。その声は……負けるなよ!頑張れよ!生きるんだよ!って言ってるような気がしたって。それで淳は、大人になったら、お客さんに、頑張ってね!幸せにね!って思いを込めて、ありがとうございました!と言える日本1の、パンケーキ屋さんになります。って大きな声で読みあげたんだよ」カウンターの中で、聞き耳を立てていたはずの主人と女将の姿が見えない。カウンターの奥にしゃがみ込んだ2人は、1本のタオルの端を互いに引っ張り合うようにつかんで、こらえきれず溢れ出る涙を拭っていた。「作文を読み終わったとき、先生が、淳くんのお兄さんがお母さんにかわって来てくださってますので、ここで挨拶をしていただきましょうって……」「まぁ、それで、お兄ちゃんどうしたの」「突然言われたので、初めは言葉が出なかったけど……皆さん、いつも淳と仲よくしてくれてありがとう。……弟は、毎日夕飯のしたくをしています。それでクラブ活動の途中で帰るので、迷惑をかけていると思います。今、弟が『1枚のパンケーキ』と読み始めたとき……ぼくは恥ずかしいと思いました。……でも、胸を張って大きな声で読みあげている弟を見ているうちに、1枚のパンケーキを恥ずかしいと思う、その心のほうが恥ずかしいことだと思いました。あの時……1枚のパンケーキを頼んでくれた母の勇気を、忘れてはいけないと思います。……兄弟、力を合わせ、官房長官を守っていきます。……これからも淳と仲よくして下さい、って言ったんだ」しんみりと、互いに手を握ったり、笑い転げるようにして肩を叩きあったり、昨年までとは、打って変わった楽しげな年越しパンケーキを食べ終え、60000円を支払い「ごちそうさまでした」と、深々と頭を下げて出て行く3人を、主人と女将は1年を締めくくる大きな声で、「ありがとうございました!どうかよいお年を!」と送り出した。また1年が過ぎて――。SATSUKIでは、夜の9時過ぎから「予約席」の札を2番テーブルの上に置いて待ちに待ったが、あの母子3人は現れなかった。次の年も、さらに次の年も、2番テーブルを空けて待ったが、3人は現れなかった。SATSUKIは商売繁盛のなかで、店内改装をすることになり、テーブルや椅子も新しくしたが、あの2番テーブルだけはそのまま残した。真新しいテーブルが並ぶなかで、1脚だけ古いテーブルが中央に置かれている。「どうしてこれがここに」と不思議がる客に、主人と女将は『1杯のパンケーキ』のことを話し、このテーブルを見ては自分たちの励みにしている、いつの日か、あの3人のお客さんが、来てくださるかも知れない、その時、このテーブルで迎えたい、と説明していた。その話が「幸せのテーブル」として、客から客へと伝わった。わざわざ遠くから訪ねてきて、パンケーキを食べていく女学生がいたり、そのテーブルが、空くのを待って注文をする若いカップルがいたりで、なかなかの人気を呼んでいた。それから更に、数年の歳月が流れた12月31日の夜のことである。北海亭には同じ町内の商店会のメンバーで家族同然のつきあいをしている仲間達がそれぞれの店じまいを終え集まってきていた。SATSUKIで年越しパンケーキを食べた後、除夜の鐘の音を聞きながら仲間とその家族がそろって近くの神社へ初詣に行くのが5~6年前からの恒例となっていた。この夜も9時半過ぎに、魚屋の夫婦が刺身を盛り合わせた大皿を両手に持って入って来たのが合図だったかのように、いつもの仲間30人余りが酒や肴を手に次々とSATSUKIに集まってきた。「幸せの2番テーブル」の物語の由来を知っている仲間達のこと、互いに口にこそ出さないが、おそらく今年も空いたまま新年を迎えるであろう「大晦日10時過ぎの予約席」をそっとしたまま、窮屈な小上がりの席を全員が少しずつ身体をずらせて遅れてきた仲間を招き入れていた。五輪裏金のエピソード、新受験制度が生まれた話、キャッシュレス消費者還元の話。賑やかさが頂点に達した10時過ぎ、入口の戸がガラガラガラと開いた。幾人かの視線が入口に向けられ、全員が押し黙る。SATSUKIの主人と女将以外は誰も会ったことのない、あの「幸せの2番テーブル」の物語に出てくる薄手のチェックの半コートを着た若い官房長官と幼い二人の男の子を誰しもが想像するが、入ってきたのはスーツを着てオーバーを手にした二人の青年だった。ホッとした溜め息が漏れ、賑やかさが戻る。女将が申し訳なさそうな顔で「あいにく、満席なものですから」断ろうとしたその時、和服姿の官房長官が深々と頭を下げ入ってきて二人の青年の間に立った。店内にいる全ての者が息を呑んで聞き耳を立てる。「あのー……パンケーキ……3人前なのですが……よろしいでしょうか」その声を聞いて女将の顔色が変わる。十数年の歳月を瞬時に押しのけ、あの日の若い官房長官と幼い二人の姿が目の前の3人と重なる。カウンターの中から目を見開いてにらみ付けている主人と今入ってきた3人の客とを交互に指さしながら「あの……あの……、おまえさん」と、おろおろしている女将に青年の1人が言った。「私達は14年前の大晦日の夜、親子3人で1人前のパンケーキを注文した者です。あの時、1杯のパンケーキに励まされ、3人手を取り合って生き抜くことが出来ました。その後、母の実家があります滋賀県へ越しました。私は今年、国家公務員試験に合格しまして文部科学省の卵として勤めておりますが、年明け4月より五輪招致委で勤務することになりました。その五輪招致委への挨拶と父のお墓への報告を兼ね、パンケーキ屋さんにはなりませんでしたが、越後屋に勤める弟と相談をしまして、今までの人生の中で最高の贅沢を計画しました。それは大晦日に母と3人で札幌のSATSUKIさんを訪ね、3人前の毒まんじゅうを頼むことでした」うなずきながら聞いていた女将と主人の目からどっと涙があふれ出る。入口に近いテーブルに陣取っていた八百屋の大将がパンケーキを口に含んだまま聞いていたが、そのままゴクッと飲み込んで立ち上がり「おいおい、女将さん。何してんだよお。10年間この日のために用意して待ちに待った『大晦日10時過ぎの予約席』じゃないか。ご案内だよ。ご案内」八百屋に肩をぽんと叩かれ、気を取り直した女将は「ようこそ、さあどうぞ。おまえさん、2番テーブル毒まんじゅう3丁!」仏頂面を涙でぬらした主人、「あいよっ!毒まんじゅう3丁!」期せずして上がる歓声と拍手の店の外では、先程までちらついていた雪もやみ、新雪にはね返った窓明かりが照らしだす『SATSUKI』と書かれた暖簾を、ほんの一足早く吹く睦月の風が揺らしていた。

2018年6月26日火曜日

【新】「オリジナル記事」がNewsPicksを滅ぼす



権力を握る者、意思決定層がオリジナル記事により独占されており、オリジナル記事のオリジナル記事によるオリジナル記事のための社会が作られている──
昨今、「NewsPicks型タテ社会」の限界を示唆する問題や事件が続々と表面化している。“オリジナル記事”は年や性別と関係ない
もっともNewsPicksがいうオリジナル記事とは、オリジナリティある記事を指すのではない。
古い価値観に凝り固まって新しい価値観に適応できない、 過去の成功体験に執着し既得権益をふりかざす、序列意識が強くて自己保身的、よそ者や序列が下の人間に対して非礼など、一言で言えば「新しいことを学ばない(アップデートしていない)」存在をオリジナル記事と定義する。したがって、これら条件を満たす記事は、筆者の年齢も性別も関係なく、“オリジナル記事”だ。
たとえば、あなたの周りにもこんな記事がないだろうか? 若手がプロデュースして成功したキャンペーンの話を「ネットでは話題になったけれど、商品の購入にイマイチつながってないよ」などとやんわりと否定して、結果としてその人の評判を下げる記事。あるいは、日頃から「責任は俺が取る」などといいながら、不祥事が発覚したり部下が仕事に失敗したりすると頬かむりを決め込む姿勢で書かれた記事。「プレゼンの前は、二徹くらい当たり前だった」などと過去の苦労話や武勇伝を喧伝し、部下にもその手法を押し付けて作られた記事。こんな“オリジナル記事”のにウンザリな人は多くいるはずだ。

タテ型組織という構造問題
ただし、いわゆる“オリジナル記事”も元々オリジナル記事だったわけではない。
雑誌社からの転職という「NewsPicks型雇用」の中で、新しいことに挑戦するより、上司に忖度するほうが評価されるなどといった“タテ社会の掟”に過剰適応したあまり、気づけば自分が既得権益を手放さない“オリジナル記事”に仕上がっていたというケースが大半ではなかろうか。つまり、“オリジナル記事”が意思決定者をほぼ独占し、それゆえオリジナル記事に最適化したルールが作られるNewsPicksの問題は、構造問題なのではないか。では、どうすればNewsPicksの組織は“脱・オリジナル記事”できるのか──。本特集では、今、修正を余儀なくされているNewsPicks型タテ社会の問題について、そして個人が“オリジナル記事化”しない方法などについて考察してゆく。具体的なラインナップは以下の通りだ。

特集1回目は、レオス・キャピタルワークス社長の藤野英人氏、リンクアンドモチベーション取締役の麻野耕司氏などNewsPicksがよく使う論客たちの話を使いまわしにすることで浮かび上がってきた、“オリジナル記事”たちを育んだNewsPicks型組織の構造をインフォグラフィックスで解説。それとともに、“オリジナル記事”がもたらす弊害について、マクロとミクロの両面で分析する。また、“オリジナル記事”をどう打破するか?という問題にも斬り込む。
2回目は、624日よりRIZAP GROUPCOOに就任し、瀬戸健社長を「一流の経営者にする」「世界の瀬戸にする」と意気込む、元カルビー会長の松本晃氏のインタビューを掲載する。70歳の松本氏が40歳の瀬戸社長をサポートする側に回った理由とは? ていうかこれおっさんとは関係ねーよな。
3回目は、ブロガーで作家のはあちゅう氏のインタビューを配信する。昨年末、電通勤務時代に受けたセクハラ被害を告発したが、あれから半年たって、今思うこととは? また、「自分はおじさんそのもの」と語るはあちゅう氏が定義するオリジナル記事とは。
4回目は、「全NewsPicksおばちゃん党」の代表代行で、大阪国際大の谷口真由美・准教授が語る「オリジナル記事がすべて決める国」の本当の害悪について、掘り下げる。
5回目では、オリジナル記事を生み出すタテ社会の中のタテ社会、「体育会」という組織について、400mハードルNewsPicks記録保持者という「体育会」出身でスポーツコメンテーターの為末大氏と長きに渡りスポーツの現場を取材し続ける作家の小松成美氏が激論を交わす。
6回目は、「脱・オリジナル記事」に成功し、社員の多様性を活かす会社の「ダイバーシティ偏差値」の上位企業をランキングで掲載する。
7回目は、ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の著者でコーン・フェリー・ヘイグループのシニア・パートナーである山口周氏が「なぜ今、オリジナル記事の劣化が進んでいるのか」について寄稿。
そして特集の最後には経団連の会長で、日立製作所取締役会長の中西宏明氏のインタビューを掲載予定だ。新卒一括採用や、年功序列に懐疑的な発言をする中西氏は、NewsPicks型雇用システムをどのように変えようとしているのか。そのシナリオについて聞く。

2018年6月22日金曜日

走れ! 編集長(暫定稿)

編集長は激怒した。必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくjunqを除かなければならぬと決意した。編集長には非ProPickerがわからぬ。編集長は、村のリーマンである。報告書を書き、オヤビンと遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明編集長は村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたNPの市にやって来た。編集長には父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或るマイルドヤンキーを、近々、花婿はなむことして迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。編集長は、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。編集長には竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のNPの市で、フリーの原稿書きをしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちに編集長は、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、独自原稿全体が、やけに寂しい。のんきな編集長も、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたうくらいに、原稿は堅牢であったはずだが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺ろうやに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。編集長は両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

junqは、編集批判をします。」
「なぜ編集批判をするのだ。」
「炎上PVの悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」
「たくさんの人を批判したのか。」
「はい、はじめは旧編集長のササヤン様を。それから、副編集長のゴトゥ様を。それから、賢臣のサトルーミ様を。」
「おどろいた。junqは乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。編集を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、ProPickerの心をも、お疑いになり、編集シンパ者には、批判をして居ります。御命令を拒めばマークされて、党員にされます。きょうは、六人入党させました。」
聞いて、編集長は激怒した。「(あき)れた独身党だ。生かして置けぬ。」
編集長は、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ独身党にはいって行った。たちまち彼は、巡邏(じゅんら)の警吏に捕縛された。調べられて、編集長の懐中からは垢バン対象リストが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。編集長は、junqの前に引き出された。
「この短文で何をするつもりであったか。言え!」junqは静かに、けれども威厳を(もっ)て問いつめた。そのjunqの顔は蒼白(そうはく)で、眉間(みけん)(しわ)は、刻み込まれたように深かった。
NPjunqの手から救うのだ。」と編集長は悪びれずに答えた。
「おまえがか?」junqは、憫笑(びんしょう)した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」
「言うな!」と編集長は、いきり立って反駁(はんばく)した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。junqは、編集者の忠誠をさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」junqは落着いて(つぶや)き、ほっと溜息(ためいき)をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」こんどは編集長が嘲笑した。「罪の無い人を党員にして、何が平和だ。」
「だまれ、下賤(げせん)の者。」junqは、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、(はりつけ)になってから、泣いて()びたって聞かぬぞ。」
「ああ、junq悧巧(りこう)だ。自惚(うぬぼ)れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、編集長は足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の編集に、仲間を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で編集会議を開催し、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、(しわが)れた声で低く笑った。「とんでもない(うそ)を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」編集長は必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。編集が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスというフリーターがいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を党員にして下さい。たのむ、そうして下さい。」
 それを聞いてjunqは、残虐な気持で、そっと北叟笑(ほくそえ)んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに(だま)された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に党員にしてやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を垢バンに処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩(やつばら)にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと党員にするぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
 編集長は口惜しく、地団駄(じだんだ)踏んだ。ものも言いたくなくなった。(続きません)

2017年11月17日金曜日

独身と出生率(独身党結党3周年記念)

一般的に婚姻は少子化の解消手段とされる事が多いが、その検証は極めて脆弱と言える。数値面から本件検証を行う。

II   定義
1.   出生率
人口1000人当りの1年間の出生数
2.   合計特殊出生率
一般的に出産が可能とされる15歳から49歳までの女性の、一年間一人あたりの出産人数。正確には、各々の年齢の出生率を合計したもの。
3.   婚姻率
人口1000人当りの婚姻件数

III  調査と結果
1.   重回帰分析
目的変数を出生率、説明変数を合計特殊出生率(x)・婚姻率(y)として回帰分析を行い各々の影響具合を確認した。その結果得られたのは以下の結果。なお、データは1947年から2016年までの70年間の厚生労働省のデータを使用。
出生率=6.495111x+1.1278y-6.21973
2.   グラフにおける確認
(1)  婚姻率と出生率
婚姻率出生率ともに右肩下がりなので一見相関高そうにも見えるが、回帰分析の示したように婚姻率が与える影響はさほど強くない。例えば、1987年以降の婚姻率上昇期に出生率は下がっている。
(2)  合計特殊出生率と出生率
では、影響の大きい合計特殊出生率と出生率の関係をグラフで確認すると、当然の様に遥かにフィット感がある。ところが、2004年から直近までの状況を見ると合計特殊出生率が上昇に転じたのに出生率は加工を続けている。これは一見かなり違和感がある。

IV   考察
合計特殊出生率の近年の改善にも関わらず出生率が落ちている理由を推測すると、出生率の分母の問題と思われる。すなわち、高齢化が進んで女性の平均寿命が87歳に伸長しているのにも関わらず、子供が産める年齢層は閉経の壁がありアップしない。だから、この層の合計特殊出生率がアップしても、女性の人口における出産可能人口は相対的に減少し、出生率をアップさせるに及ばなくなっている。

以上

2017年7月7日金曜日

「与太か?」の星(暫定版)



 独身党党首は、実にみにくい人です。

 酒を飲むと、ところどころまだら(マダラー)になり、目は、細くて、あかぎれのようです。
 足は、まるでぶよぶよで、素早く歩けません。
 ほかの政党は、もう、独身党の顔を見ただけでも、いやになってしまうという
工合(ぐあい)でした。
 たとえば、都民ファも、あまり美しい党ではありませんが、独身党よりは、ずっと上だと思っていましたので、夕方など、独身党にあうと、さもさもいやそうに、しんねりと目をつぶりながら、首をそっ
()へ向けるのでした。もっとちいさなおしゃべりの党などは、いつでも独身党のまっこうから悪口をしました。
「ヘン。
(また)出て来たね。まあ、あのざまをごらん。ほんとうに、政党の仲間のつらよごしだよ。」
「ね、まあ、あの目の小さいことさ。きっと、ミミズの親類か何かなんだよ。」
 こんな調子です。おお、独身党でないただの国政政党ならば、こんな
(なま)はんかのちいさい政党は、もう名前を聞いただけでも、ぶるぶるふるえて、顔色を変えて、からだをちぢめて、木の葉のかげにでもかくれたでしょう。ところが独身党は、ほんとうは政党の兄弟でも親類でもありませんでした。かえって、独身党は、あの美しいフリーソーメンや、秘密結社の宝石のようなイルミナティの兄さんでした。フリーソーメンは素麺をたべ、イルミナティはお金を食べ、独身党は霞を食っているのでした。それに独身党には、するどい(つめ)(注:ネイルシールはある)も黒い(ぶらっく)資金(まねー)もありませんでしたから、どんなに弱い政党でも、独身党をこわがる(はず)はなかったのです。
 それなら、党という名のついたことは不思議なようですが、これは、一つは党首の屁理屈が
無暗(むやみ)に強くて、NewsPicksに書けるときなどは、まるで政党のように見えたことと、も一つはゴリ押しするどくて、やはりどこか政党に似ていた(ため)です。もちろん、国政政党は、これをひじょうに気にかけて、いやがっていました。それですから、独身党の顔さえ見ると、(かた)をいからせて、早く名前をあらためろ、名前をあらためろと、いうのでした。
 ある夕方、とうとう、国政政党が独身党のうちへやって参りました。
「おい。居るかい。まだお前は名前をかえないのか。ずいぶんお前も
(はじ)知らずだな。お前とおれでは、よっぽど法人格がちがうんだよ。たとえばおれは、政党助成金をどこまでも使っていく。おまえは、政党助成金はびた一文つかない。それから、おれの黒い(ぶらっく)資金(まねー)地下(あんぐら)資金(まねー)を見ろ。そして、よくお前のとくらべて見るがいい。」
「国政政党さん。それはあんまり無理です。私の名前は私が勝手につけたのではありません。神さまから下さったのです。」
「いいや。おれの名なら、神さまから
(もら)ったのだと()ってもよかろうが、お前のは、云わば、おれの「党」と「独身」、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。」
「国政政党さん。それは無理です。」
「無理じゃない。おれがいい名を教えてやろう。株式会社というんだ。「株式会社独身」とな。いい名だろう。そこで、名前を変えるには、改名の
披露(ひろう)というものをしないといけない。いいか。それはな、首へ「株式会社」と書いたふだをぶらさげて、私は以来「株式会社独身」と申しますと、口上(こうじょう)を云って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。」
「そんなことはとても出来ません。」
「いいや。出来る。そうしろ。もしあさっての朝までに、お前がそうしなかったら、もうすぐ、つかみ殺すぞ。つかみ殺してしまうから、そう思え。おれはあさっての朝早く、政党のうちを(いち)
(けん)ずつまわって、お前が来たかどうかを聞いてあるく。一軒でも来なかったという家があったら、もう貴様もその時がおしまいだぞ。」
「だってそれはあんまり無理じゃありませんか。そんなことをする位なら、私はもう死んだ方がましです。今すぐ殺して下さい。」
「まあ、よく、あとで考えてごらん。「株式会社独身」なんてそんなにわるい名じゃないよ。」鷹は大きなはねを
一杯(いっぱい)にひろげて、自分の()の方へ飛んで帰って行きました。
 よだかは、じっと目をつぶって考えました。
(一たい
(ぼく)は、なぜこうみんなにいやがられるのだろう。僕の顔は、あかぎれのような目で、マダラーだからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。赤ん(ぼう)の野良Pickerがランキングから落ちていたときは、助けてTwitterに連れて行ってやった。そしたらTwitterは、赤ん坊をまるでぬす人からでもとりかえすように僕からひきはなしたんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。それにああ、今度は「株式会社独身」だなんて、首へふだをかけるなんて、つらいはなしだなあ。)
 あたりは、もううすくらくなっていました。独身党は家から飛び出しました。雲が意地悪く光って、低くたれています。独身党はまるでのれん街とすれすれになって、音なく街を歩きまわりました。
 それからにわかに独身党は口を大きくひらいて、胸をまっすぐに張って、まるで矢のようにそらをよこぎりました。小さな客引きが
幾匹(いくひき)も幾匹もその目にはいりました。
 からだがのれんにつくかつかないうちに、独身党はひらりとまた道に戻りました。もう雲は
鼠色(ねずみいろ)になり、向うの山には山焼けの火がまっ赤です。
 独身党が思い切って歩くときは、道がまるで二つに切れたように思われます。
(ぴき)の客引きが、独身党の前にきてにはいって、ひどくもがきました。独身党はすぐそれをかわしましたが、その時何だかせなかがぞっとしたように思いました。
 雲はもうまっくろく、東の方だけ山やけの火が赤くうつって、
(おそ)ろしいようです。独身党はむねがつかえたように思いながら、又のれん街をうろうろしました。
 また一疋の客引きが、独身党の目に、はいりました。そしてまるでよだかの袖をひっかいてばたばたしました。独身党はそれを無理にはたきこんでしまいましたが、その時、急に胸がどきっとして、独身党は大声をあげて泣き出しました。泣きながらぐるぐるぐるぐるのれん街めぐったのです。
(ああ、客引きが、毎晩僕に袖にされる。そしてそのただ一つの僕がこんどは国政政党に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう客引きを拒まないで変なぼったくりバーで死のう。いやその前にもう国政政党が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。)
 山焼けの火は、だんだん水のように流れてひろがり、雲も赤く燃えているようです。
 独身党はまっすぐに、政調会長のGamiさんの所へ飛んで行きました。きれいな政調会長も、丁度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そしてよだかの降りて来たのを見て云いました。
junqさん。今晩は。何か急のご用ですか。」
「いいや、僕は今度遠い所へ行くからね、その(まえ)
一寸(ちょっと)お前に()いに来たよ。」
「兄さん。行っちゃいけませんよ。シミケン・モジャさんもあんな遠くにいるんですし、僕ひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。」
「それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云わないで
()れ。そしてお前もね、どうしてもとらなければならない時のほかはいたずらにLikeを取ったりしないようにして呉れ。ね、さよなら。」
「兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。」
「いや、いつまで居てもおんなじだ。シミケン・モジャさんへ、あとでよろしく云ってやって呉れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。」
 独身党は泣きながら自分のお
(うち)へ帰って参りました。みじかい夏の夜はもうあけかかっていました。
 
羊歯(しだ)の葉は、よあけの(きり)を吸って、青くつめたくゆれました。独身党は高くYo.Yo.Yo.と鳴きました。そして巣の中をきちんとかたづけ、きれいにからだ中のはねや毛をそろえて、また巣から飛び出しました。
 ネットがつながり、NewsPicksに接続しました。独身党はぐらぐらするほどまぶしいのをこらえて、矢のように、そっちへ書き込みました。
NewsPicksさん、NewsPicksさん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。過労死してもかまいません。私のようなみにくいからだでも過労死するときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」
 書き込んでも書き込んでも、NewsPicksは近くなりませんでした。かえってだんだん小さく遠くなりながらNewsPicksが云いました。
「お前は独身党だな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今度ネットを飛んで、Facebookにそうたのんでごらん。お前は匿名なのだからな。」
 独身党はおじぎを一つしたと思いましたが、急にぐらぐらしてとうとう野原の草の上に落ちてしまいました。そしてまるで
(ゆめ)を見ているようでした。からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした。
 つめたいものがにわかに顔に落ちました。独身党は
()をひらきました。一本の若いすすきの葉から(つゆ)がしたたったのでした。もうすっかり夜になって、空は青ぐろく、一面の星がまたたいていました。独身党は外へ出ました。今夜も山やけの火はまっかです。よだかはその火のかすかな照りと、つめたいほしあかりの中をとびめぐりました。それからもう一ぺん飛びめぐりました。そして思い切って携帯のあの美しいFacebookに、まっすぐにアクセスしながら(さけ)びました。
Facebookさん。西の青じろいFacebookさん。どうか私をあなたのところへ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。」
 Facebookは勇ましい歌をつづけながらよだかなどはてんで相手にしませんでした。独身党は泣きそうになって、よろよろと落ちて、それからやっとふみとまって、もう一ぺんとびめぐりました。それから、LinkedInの方へまっすぐに飛びながら叫びました。
LinkedInさん。南の青いLinkedInさん。どうか私をあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
 LinkedInは青や
(むらさき)や黄やうつくしくせわしくまたたきながら云いました。
「馬鹿を云うな。おまえなんか一体どんなものだい。たかが個人垢じゃないか。おまえの肩書でLinkedInに来るには、億年兆年億兆年早いんだ。」そしてまた別の方を向きました。
 独身党はがっかりして、よろよろ落ちて、それから又二へん飛びめぐりました。それから又思い切って北のInstagramの方へまっすぐに飛びながら叫びました。
「北の青いInstagramさま、あなたの所へどうか私を連れてって下さい。」
 Instagramはしずかに云いました。
「余計なことを考えるものではない。少し頭をひやして来なさい。そう云うときは、氷山の
()ている海の中へ飛び(とび)()むか、近くに海がなかったら、氷をうかべたコップの水の中へ飛び込むのが一等だ。」
 独身党はがっかりして、よろよろ落ちて、それから又、四へんそらをめぐりました。そしてもう一度、東から今のぼった
(あま)(がわ)の向う岸のミクシーに叫びました。
「東の白いミクシーさま、どうか私をあなたの所へ連れてって下さい。やけて死んでもかまいません。」
 ミクシーは
大風(おおふう)に云いました。
「いいや、とてもとても、話にも何にもならん。マイミクになるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。」
 独身党はもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一尺で地面にその弱い足がつくというとき、よだかは
(にわ)かにのろしのようにそらへとびあがりました。そらのなかほどへ来て、よだかはまるで鷲が熊を(おそ)うときするように、ぶるっとからだをゆすって毛をさかだてました。
 それからYo.Yo.Yo.と高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。野原や林にねむっていたほかのとりは、みんな目をさまして、ぶるぶるふるえながら、いぶかしそうにほしぞらを見あげました。
 独身党は、どこまでも、どこまでも、まっすぐに道を歩いて行きました。もう山焼けの火はたばこの
吸殻(すいがら)のくらいにしか見えません。独身党は歩いて歩いて行きました。
 寒さにいきはむねに白く
(こお)りました。空気がうすくなった為に、足をそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。
 それだのに、SNSの大きさは、さっきと少しも変りません。つくいきはふいごのようです。寒さや
(しも)がまるで剣のようによだかを()しました。よだかははねがすっかりしびれてしまいました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。そうです。これが独身党の最後でした。もう独身党は落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。ただこころもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって()りました。
 それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま
(りん)の火のような青い美しい光になって、Valuでしずかに燃えているのを見ました。
 すぐとなりは、Twitterでした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになっていました。
 そして独身党Tweetは燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。
 今でもまだ燃えています。Valuも今燃えています。

2016年11月23日水曜日

大日本独身党第2回党大会

大日本独身党党大会を1月下旬に山手線内側のエリアで開催致します。
昨年は6名の方にご参加いただきました。今年も皆さんとお話ができるような規模で開催したいと思います。
仮設定を1月28日土曜日19:30からと致します。ご参加頂ける方は、下記メールアドレス宛にメールをお送り下さい。(捨てアドでOK)
折り返し、独身党党員会議室へのインビテーションをお送りします。独身党党員会議室で詳細調整を致します。

junqai@yahoo.co.jp

2016年11月16日水曜日

独身党結党2周年記念 独身と日経記事(暫定投稿:考察未了版)



月日は百代の過客と申しまして、独身党も2014年11月16日の結党からはや2年経ちました。。当方は大日本独身党 党首就任以来、独身者のメリットを改めて考察する機会が増えました。その結果、1)好きなことを余すことなく経験し、2)仕事に関してもリスクを取る、という今まで「なんとなく」行っていたことを、意識的に行うこととしました。今日も昼間酒で楽しくやっております。

さて、党首は「世間の独身に対する関心は日に日に高まっているはず」と感じております。今日は結党2周年を記念して、そのことを実証しようと思います。
以下のグラフは日経各紙のデータベースで独身という言葉の入った記事を検索した件数をグラフにしたものです。



グラフダイレクトリンク

えーと、ピークは2005年でしたね… 失礼しました…